北アルプス・雲ノ平登山道整備プロジェクト|DOMO支援による2022年度の活動報告

 

ご支援のお礼

このたびはDOMOポイントによるご支援をいただき、誠にありがとうございました。 ご報告が遅くなってしまいましたが、皆様のご厚意によって無事に2022年度の雲ノ平登山道整備ボランティアプログラムが行えましたこと、改めて深く感謝申し上げます。
「雲ノ平登山道整備ボランティアプログラム」は、持続可能性が危機的な状況にある国立公園の環境保全のあり方を、山小屋、アウトドア関連企業、ボランティアスタッフ、専門家、環境コンサルや学術機関などの民間レベルの横のつながりを強化することで再構築していく取り組みとして、雲ノ平山荘と東京三鷹市のアウトドアショップ、ハイカーズデポとの共同運営体制で2021年に始動しました。そして、その活動を持続的に発展させるべく発足したのが一般社団法人雲ノ平トレイルクラブです。
これまで日本では、国立公園が著しく観光利用に特化した形で発展してきた結果、大規模な「登山」経済を擁しながらも、自然環境を適切に保全するための仕組み(人材、予算、制度)が成熟しませんでした。利用と保全のバランスが著しく利用に傾斜してしまっていたのです。 登山道の日常的な維持管理も、現場の山小屋や山岳会などの自助努力として管理するという形が主流でしたが、近年の気候変動による荒廃の加速や社会環境の不安定化、コロナ禍などにより、個人のレベルで支えることは限界をきたしています。
なぜ国立公園という、本来自然の景観美や生態系の営みに出会いにくる場所で、その景観美や生態系に調和する管理体制が存在しないばかりか、公共事業などでも、しばしば素人の業者がかえって環境を壊してしまうような工事が行われてしまうのか。 なぜ、各種環境問題や気候危機、持続可能性が叫ばれる時代に、国立公園の持続可能性が「一部の人たちの趣味の問題」として一蹴されてしまうのか。 国立公園の現場に長年携わってきた者として、この状況を創造的な方向に転換することを夢見続けてきました。
国立公園の自然環境は、人間社会が自らの繁栄と引き換えに失ってきた生命の緻密な連なりや関わり合い、それらの描き出す原風景を私たちに思い出させてくれる、かけがえのない財産です。こうした自然環境の生々しい姿に遭遇することで、私たちは自分たちがどこからきて、どこに行こうとしているのか、かろうじて顧みることができるのではないでしょうか。
私たち雲ノ平トレイルクラブはこれからも登山道整備の活動を通じて、自然と社会の豊かな関係性を生み出すべく、励んでいきたいと思います。
引き続き長い目で見守っていただければ幸いです。
以下、トレイルクラブメンバーによる、2022年度の「雲ノ平登山道整備ボランティアプロ グラム」及び雲ノ平トレイルクラブのWebサイト制作についての報告をいたします。
 

「雲ノ平登山道整備ボランティアプログラム2022」

はじめまして。雲ノ平トレイルクラブのメンバーの石田と申します。2022年の9月に行われた雲ノ平登山道整備ボランティアプログラムにおいて、ボランティアスタッフの一人として参加させていただきました。日頃は島根県で林業に従事し、山林内に環境性へ配慮した施工法による作業道の開設、並びに森林整備を行っています。一登山者として魅了されてきた黒部源流域の世界において、自然親和的な施工を実践できる貴重な機会であると考え、参加を志願しました。
「雲ノ平登山道整備ボランティアプログラム」は、一般募集されたボランティアスタッフたちが雲ノ平山荘に一週間ほど滞在しながら、国立公園を取り巻く課題や意義、登山道整備のあり方などについて学び、考え、実践し、各種専門家も巻き込みながら、新しい環境保全の仕組みを作っていくための取り組みです。 21年度に続いて行われた22年度の活動でも、居住地もキャリアも様々なメンバーが集うとともに、環境省レンジャーや学者、撮影班も加わった大所帯でプログラムは行われました。

●自然観察から始まる登山道整備

プログラムは、まず山荘周辺を歩き、自然観察をしながら、雲ノ平という土地の成り立ちを知ることから始まりました。雲ノ平の景観そのものとも言える溶岩台地の平たい地形が、40万年もの時間をかけてできた砂利と溶岩の何重もの層で成っていること。その上に降り積もった火山灰が水を通さない粘土層となり、湿性の草原風景を生み出すもととなったことなど、ここを訪れた地質学者らの調査結果もふまえ、トレイルクラブ代表の伊藤二朗さんによって詳細に解説がなされます。
予報外れの晴天に恵まれたこの日、ぐるりと周囲を見渡せば、薬師岳、水晶岳、鷲羽岳など名立たる名峰が明瞭にその姿を現していました。こうした巨大なスケールの中で耳を傾ける自然環境の成り立ちの話は、純粋に今この場所にいることの喜びを感じさせてくれる一方、その絶妙なバランスでできている環境の上に、この数十年の間に自然発生的にできた登山道が、著しい景観の変化を招いてしまっていることもあらためて認識させられました。これから実際に登山道整備に取り組む上で、単なる表層の修復にとどまらない、具体的にも抽象的にも、より深い部分で「道」というものをとらえる必要があると感じさせられました。

祖母岳楽園化計画

こうした自然観察、そして国立公園や持続可能な整備のあり方などに関する座学・議論をふまえた上で、実際に登山道の整備作業に入っていきます。2022年度の活動は、「祖母岳楽園化計画」と銘打たれ、景観の変化が著しい「祖母岳」周辺のエリアに焦点を絞って行われました。
まず、こちらの写真をご覧ください。
左のモノクロの写真は、1955年頃に撮られたもの。少し場所はずれますが、現在は広い範囲で池塘が決壊して裸地化した光景が広がっており、かつてそこに池塘が広がっていたとは信じられません。 「スイス庭園」「日本庭園」など様々な「庭園」の名が冠される、高山植物や池塘群、溶岩などが織りなす優美な景観で知られる雲ノ平。かつては「最後の秘境」とも呼ばれたエリアですが、やがて多くの登山者が足を踏み入れるようになるとともに、木道のなかった時代の踏み荒らしによる裸地化と、それをきっかけとした流水や雪解けなど環境要因による浸食が起こることで、登山道周辺の荒廃が進行しています。 2,500mの高標高の雲ノ平では微生物の活動が鈍く、土を生産するのに時間がかかるため、1万年以上かけても30cmに満たない場所も多く見られるほどに、表土は薄く、貴重なものなのです。稀少な生態系を支えている、そのごく僅かな表土の存在が失われることは、今後さらなる不可逆的な問題を引き起こしかねません。
今回、少しでもかつての景観を取り戻すべく、ボランティアスタッフたちによる試みが行われました。 作業の主役となるのは、自然素材のネットを用いた「土留めロール」と呼ばれる工法。ネットの内側に、周辺に散らばる浮石を集めて置き、それをぐるぐると海苔巻き状に巻き込むという手順で作成します。
作業前に二朗さんが行ったレクチャーでは、雲ノ平山荘が東京農業大学と連携し、15年にわたって行われた植生復元活動の技法や考え方、成果の説明がありました。高山の厳しい環境下で、着実に植生の回復が進んでいることが見受けられ、効果的な手法であることが実証されています。
この工法では、ただ物理的に侵食を防止するだけではなく、事前に回復させるべき地形や生態系のイメージを細部に至るまで入念に思い描くことで、「景色を作り上げる」という側面に重きが置かれます。「最終的に人為的な工作の形跡が残らない」施工のあり方が求められる、と二朗さんは言います。
まずは土留めロールを作成(左写真)。これを侵食を受けた箇所の法面に沿わせるようにして配置します(右写真)。こうすることで、水を通しながらも土の流失を防ぎ、同時に保温・保湿も図ることで、植物の発芽環境を整える狙いがあります。やがて植生が徐々に定着しつつネットは風化し、土が覆いかぶさる中で、土留めロールは生態系を再生させながら土に還っていきます。
迎えたプログラム最終日。前日の雨の影響を見るために訪れると、そこにはかつての池塘跡に水がたたえられた光景がありました。ごく短期の活動の成果としては期待以上のものと言えます。これからも時間をかけ、経過観察を行っていきます。

腐朽した木道の修繕とデッキの再建

登山道周辺の荒廃は、裸地化して登山道がぬかるみ、歩きにくい場所を登山者が避けて歩いて道が複線化し、その踏み跡に雨水や雪解け水が流れることでさらなる浸食が広がる、という過程で主に進行します。だからこそ、植生や景観を保護すれば良いというだけではなく、登山道が一定以上「歩きやすい」ものであることもとても大切になってきます。 雲ノ平の周辺には、全長にして7kmに及ぶ木道が張り巡らしてありますが、この多くが敷設されたのはもう30年以上も前のこと。一般に10年が交換のめどと言われる中、すでに至る所で深刻な腐朽が見られ、一部は崩壊するなど、危険が散見される状況です。これまでは山荘によってかろうじて維持管理がされてきたものの、そのレベルでは対処できない状態になってしまっています。
 
そうした状況の改善に努めるべく、プログラムでは木道の修繕・再配置の作業が行われました。 現状では全面的な交換は現実的でないため、作業は、既存の木道を可能な限り再生・再構築する形で行われました。腐朽したものも、使用可能な部分があれば慎重に解体・切断をした上で利用します。木道は大変重く、運搬には大人数が必要となるなど、人力頼りの作業の中では難しいものとなります。
木道を剥がし、再配置を行う際に、必要なところには植生復元の施工も適宜加えていきます。
修繕の前後は、このようになりました。「歩きやすさ」を重視し、急傾斜であった状況も改善。飛躍的に歩きやすい道になりました。また濡れた木道上で足を滑らす事故が絶えないため、表面に滑り止めの加工も行いました。
同様にして、なかば打ち捨てられたようになっていた祖母岳頂上部のデッキも再建します。施工前と比較し、格段にゆったりした心地で憩える、なんとも気持ちのいい環境に生まれ変わりました。
「祖母岳楽園化計画」は、確実に実現へ向かっています!

一般社団法人「雲ノ平トレイルクラブ」が発足

今後の「雲ノ平登山道整備ボランティアプログラム」は、2022年7月に発足した一般社団法人雲ノ平トレイルクラブによって運営が行われていきます。雲ノ平トレイルクラブの構成メンバーは、ボランティアプログラムに参加したスタッフ、専門家、学術機関、環境コンサル、そして雲ノ平山荘。行政や自治体と協議会を設立し、持続可能で質の高い登山道の維持・管理のロールモデルとなるべく、邁進していきます。
また、雲ノ平トレイルクラブは、YAMAPも発起人に名を連ねている「日本山岳歩道協会(Japan Trail Alliance)」のメンバーでもあります。今後は整備技術の共有や情報交換など、全国規模の横のつながりの中で、相互研鑽に励んでいきたいと思います。
私たちの活動について、詳しくはこちらのWebサイト(https://kumonodaira-trailclub.com/)をご覧ください。今後も活動状況などについて、Webサイト及びSNSを通じて丁寧に発信を行っていきますので、ぜひフォローをお願いいたします。
 
 
 
最後になりましたが、いただいたDOMOの使途については、上図のようになります。
雲ノ平の自然環境と向き合い、登山道整備を行っていくためには、中・長期の視点が欠か せません。サイトの方でも寄付・会員募集を受け付けていく予定ですので、皆様には今後 も引き続きのご支援を、何卒よろしくお願いいたします。
私たちとともに、未来へつながる「美しい道」をつくっていきましょう。